大阪高等裁判所 昭和27年(う)2356号 判決 1954年12月16日
控訴人 検察官
被告人 藤田勘二 松村五一
検察官 志保田実 前田幸之助
主文
原判決中被告人藤田及び松村に関する部分を破棄する。
右両名を各懲役二年に処する。
右両名に対し三年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用中原審証人竹内一郎、西郷七郎、高岡専一、中野章、大滝幸治、高沢秀男、徳永博太郎、生田英次、竹林一虎、岡本博、坂部二郎、吉田豊信、右田隆三、松尾泰一郎、山本茂、大城英彦、若月公一、ボールフェーレン、徳田富二、通訳人谷米三及び当審証人吉田豊信、高岡専一に支給した分は被告人藤田及び松村の連帯負担とする。
被告人松村が昭和二五年一二月八日より同二六年一月二五日頃までの間四回に亘り室町物産株式会社大阪支店代表者伊藤弘吉等四名に対し連合国最高司令官の指令によつて処分を禁ぜられた錫合計約一七屯八八六瓩を売渡したとの占領目的阻害行為処罰令違反の公訴事実については同被告人を免訴する。
被告人持山に対する検察官の本件控訴はこれを棄却する。
理由
被告人藤田の弁護人四方田保の控訴趣意第二点第三点並に被告人松村の弁護人溝淵春次外二名連名の控訴趣意第一点及び第三点(その五を除く)について。
被告人藤田及び松村に対する原判示事実ことに本件錫が原判示覚書(昭和二〇年九月一三日附スキャッピン第二六号、同二一年一一月一三日附スキャッピン第一三三五号及び同二三年六月八日附スキャッピン第一三三五の一を指す。以下同じ。)によつて処分を制限されたいわゆるドイツ財産(ドイツ財産管理令に定めるドイツ財産の意味ではない。)であつて所論のような特殊物件でないこと及び右両名がその事情を知りながら相共謀の上これを擅に処分して領得したことはその挙示の証拠によつて優にこれを認定することができ、所論の証拠その他一件記録を精査しても原審の右認定に誤りがあるとは認められない。従つて、本件錫が特殊物件であることを前提とする被告人松村の弁護人等の控訴趣意第三点の一もまたその理由がない。
同第三点の五について。
ドイツ財産管理令は終戦処理の必要上ドイツ財産の散逸を防止しようとするものであり、刑法横領罪の規定は専ら他人の所有権を保護しようとするものであつて、両者はその目的を異にし保護法益を異にするから、前者が特別法として後者に優先して適用さるべきであるとする所論はすでにこの点で失当であるのみならず本件錫は昭和二〇年七月二三日頃交易営団の所有に帰したものであることが原判示の通りであるから、右管理令第二条第五号に該当せず、同令の適用のないことが自ら明かであつて、同令のみの適用を主張する所論はこれを採用することができない。
被告人藤田の弁護人四方田保の控訴趣意第一点の前段、被告人松村の弁護人溝淵春次外二名の控訴趣意第二点の未段、同第四点及び検事福田隆恒の控訴趣意第二点について。
占領目的阻害行為処罰令は平和条約発効によつて当然全面的にその効力を失うものではないが、しかし、その内容となつている指令が日本国憲法に牴触する場合は、その限りにおいてその効力を失うものと解すべきである。ところで、本件覚書は占領政策の一環として日本を除く旧枢軸国及びその国民の所有支配していた財産の散逸を防止し連合国がその処分を確保しようとするものであり、ことに昭和二一年一一月一三日附スキャッピン第一三三五号及び同二三年六月八日附スキャッピン第一三三五号の一では本件錫がすでに日本人(法人を含む)の所有に帰した後に至つて処分禁止品に指定し、連合国においてこれが処分をなお確保しようとするものであつて、占領期間中はともかくとし、平和条約発効後においては公共の福祉に適合する理由は一つもないから、憲法第二九条に違反するものというべく、このような覚書を内容とする右処罰令はその限りにおいて平和条約の発効と共にその効力を失つたとせざるを得ない。
昭和二七年法律第八一号が右処罰令を以てなお一八〇日間法律として効力を有するものと規定し、さらに、同年法律第一三七号は右法律を廃止しながら従前の行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による旨規定したけれども、これは右指令に関する限り違憲無効であるといわねばならない。そうしてこのような場合に限時法理論を用いることは憲法上許されないところである。したがつて、右覚書の趣旨に違反したとする右処罰令違反の公訴事実については、犯罪後刑の廃止があつたものとして被告人を免訴すべきものである(以上最高裁判所昭和二八年七月二二日大法廷判決の井上登外三裁判官の意見参照)。しかるに、原判決はその判示事実に対して右処罰令を適用処断したものであるから、この点において法令適用の誤りがあるものというべく、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決中被告人藤田及び松村に関する部分は他の論点について判断するまでもなく破棄を免れない。しかして、すでにこれを破棄する以上は被告人藤田に対する検察官の料刑過軽の控訴趣意はいまここにその当否を判断するを要しないものといわねばならない。
検事福田隆恒の控訴趣意第一点について。
被告人持山の司法警察職員に対する第二回、第三回各供述調書並に原審第一回公判及び当審公判における各供述を総合すれば、同被告人は本件錫が相被告人松村の所有であり同人の承諾を得たものと信じてこれを持ち出したものであると推察せられ、起訴状記載のようにこれが兵庫県知事の保管するドイツ財産であることを認識していたことは所論の被告人の自白その他一件記録を精査してもこれを肯認するに足る心証をひかないから、犯意の点につき犯罪の証明が十分でないとした原審の認定には所論のような誤りがあるということができない。
以上の次第であるから、被告人持山に対する検察官の本件控訴はその理由がないものとして刑事訴訟法第三九六条によつてこれを棄却すべく、これに反し、被告人藤田及び松村の控訴はその理由ありとして、同法第三九七条第三八〇条第四〇〇条に則り、原判決中被告人藤田及び松村に関する部分を破棄し、改めて原審認定の横領の事実に刑法第二五二条第一項第六〇条(被告人松村についてはなお同法第六五条第一項)を適用して右両名を各懲役二年に処し、同法第二五条に従いいずれも三年間その執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項第一八二条により右両名をして連帯してこれを負担せしめる。右両名が共謀の上昭和二五年一二月上旬頃連合国最高司令官の指令の趣旨に反して凍結中の錫約二一屯を被告人松村に売渡したとの占領目的阻害行為処罰令違反の公訴事実及び被告人松村に対する主文第五項掲記の占領目的阻害行為処罰令違反の公訴事実については、同処罰令がその効力を失つたことすでに説示した通りであるから、刑事訴訟法第四〇四条第三三七条第二号により免訴の判決をすべきところ、前者の公訴事実は前認定の横領の事実と想像的競合の関係にあるものとして起訴せられているので、この分については特に主文において免訴の言渡をせず、後者についてのみその言渡をする。
(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)